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最 近 の モ ン テ ネ グ ロ 情 勢

2016年3月
在セルビア大使館


面積:13,812平方キロメートル
   (福島県とほぼ同じ)
人口:62万人(2011年国勢調査結果)
首都:ポドゴリツァ(人口15万人)(同上)
民族:モンテネグロ人,セルビア人等
政体:共和制
GDP:34億ユーロ(2014年)
※1人当たり約5,381ユーロ(2014年)
主要産業:農業,製造業,観光業
貿易(2014年):
 輸出  3億3,800万ユーロ
 輸入 17億8,300万ユーロ
  ※日本の対「モ」貿易(2014年)
 輸出  9億2,735万円(鉄鋼,機械類)
 輸入  3億3,451万円(機械類)

〈ポイント〉
1 2006年6月,平和裡に独立達成。現在まで一貫して社会主義者民主党(DPS)中心の政権。2012年12月, ジュカノビッチ政権が発足し,2013年4月の大統領選挙では現職のブヤノビッチ大統領が再選。
2 外交課題はEU及びNATO加盟。2012年6月,EU加盟交渉が開始。2015年12月のNATO外相会合において, モンテネグロのNATO加盟交渉開始が正式に決定された。
3 国内経済は財政赤字及び公的債務の削減が喫緊の課題。
4 対日感情は良好。


ジュカノビッチ首相(左)とブヤノビッチ大統領(右)

1 独立及びその後の政治情勢
(1)2006年5月21日,連合国家「セルビア・モンテネグロ」からの独立の是非を問う住民投票を実施。独立賛成が多数を占め,同年6月3日に独立宣言。

(2)独立後,06年9月,09年3月及び2012年10月に総選挙を実施。いずれの選挙後も,社会主義者民主党(DPS)を中心とする連立政権が発足。

(3)モンテネグロ独立当時の首相,ジュカノビッチDPS党首は,独立後一時首相の職を退いたものの,08年2月より首相に復帰。しかし,同氏は10年12月に首相職を辞任(DPS党首は継続), 後任首相にはルクシッチ副首相兼財務相が選出された。12年10月に実施された議会選挙の結果,DPSを中心とする「欧州のモンテネグロ」と少数民族政党の連立政権が発足, ジュカノビッチDPS党首が再度首相に復帰した。一方,08年4月に実施された独立後初の大統領選挙ではDPSの副党首であるブヤノビッチ大統領が当選,13年4月の大統領選挙でも再選された。

(4)2015年10月以降、野党勢力が主導する大規模な反政府デモが断続的に発生しており、デモ参加者と警察との衝突により負傷者や逮捕者も出ている。ジュカノビッチ首相は、 NATO加盟交渉開始が決定されたことを受け、2016年1月に自らが主導する形で政府の不信任投票を実施した。この際、連立パートナーとしてDPSと共に政権を構成してきた社会民主党 (SDP,党首はクリボカピッチ議会議長)が政府不信任案を支持し、他方で、野党である「ポジティブ・モンテネグロ」が政府支持に回った。結果的に不信任案は否決されたが、 DPSとSDPは事実上連立を解消するに至った。ジュカノビッチ首相は、SDPの代わりに「ポジティブ・モンテネグロ」を含む一部野党勢力との連立を目指す意向を示しているが、 ポストの配分を巡るDPSと野党側の交渉が難航しており、2016年2月末時点においても、連立組み替えは実現していない。


2 外政
(1)外交課題はEU及びNATO加盟。EUとの間では,07年10月、EU加盟交渉の前段階となる安定化・連合協定(SAA)に署名。08年12月にEU加盟申請を実施, 10年12月にEU加盟候補国の地位取得。12年6月には,欧州理事会がモンテネグロとのEU加盟交渉開始を承認,加盟交渉が正式に開始された。これまでに2つのチャプターの交渉が終了した他, 現在,20のチャプターの交渉が行われている。

(2)現政権はNATO加盟を目指す立場を明確にしている。09年12月にNATO加盟行動計画(MAP)への参加が承認された。2015年12月, NATO外相理事会においてモンテネグロのNATO加盟交渉の開始が決定された。NATO側は引き続きモンテネグロの国内改革、特に法の支配の確立を注視するとしている。

(3)08年10月にコソボ独立を承認し,駐セルビア大使がペルソナ・ノングラータとなるなどセルビアとの関係が悪化したが,その後改善。10年1月にはコソボと外交関係を開設。 2015年8月にコソボとの間での国境画定に関する政府間での合意に達するが、コソボ議会において野党が国境確定合意に強硬に反対しており、未だ合意は発効していない。


3 経済情勢
(1)独立後の国内経済は概ね安定基調(低インフレ率,堅調な経済成長,観光収入の伸び,外国からの直接投資の増大等)であったが,08年10月以降は、 世界金融危機の影響により,09年のGDP成長率はマイナス5.7%となった。その後回復傾向にあり(GDP成長率は10年が2.5%,11年が3.2%,12年が1.8%,13年が3.3%), モンテネグロ中央銀行は14年のGDP成長率を2.5%と予測している。モンテネグロ政府は,13年予算で対GDP比2.73%を計上したが, これにより公的債務は対GDP比56.8%に上昇(13年末時点。4年間でほぼ倍増)し,財政赤字及び公的債務の削減が喫緊の課題となっている。

(2)モンテネグロは,06年12月,中欧自由貿易協定(CEFTA)に署名、07年7月に同協定が発効。12年4月にはWTOに正式加盟した。


4 我が国との関係

ユネスコ世界遺産に指定されているコトル

(1)我が国は06年6月16日,モンテネグロを国家承認。同月,山中外務大臣政務官(当時)が総理特使として同国訪問。同年7月24日に外交関係樹立。 我が国は在セルビア大使館がモンテネグロを兼轄。モンテネグロは在京大使館を有しておらず,領事業務を在京セルビア大使館に委託している。

(2)12年6月,ローチェン外務・欧州統合相(当時)が外務省賓客として来日,この機会に在京モンテネグロ名誉領事館が開館された。また, 13年5月に城内外務大臣政務官(当時)がモンテネグロを訪問,14年10月にブラホビッチ科学相が訪日した。

(3)対日感情は良好。経済協力(技協,草の根無償)は,民間セクター開発,保健・教育・環境保護の分野を対象に実施。 文化協力も積極的に実施しており,良好な対日感情の醸成に貢献。

(4)日系企業では2002年より「ダイドーメタル・コトル」がコトル市において自動車用軸受の生産を行っているほか、「アザレア船員トレーニングセンター」(商船三井系), 「東芝電力流通システム欧州社」がモンテネグロとイタリアを結ぶ海底送電ケーブル敷設プロジェクトを受注したことに伴い事務所を開設している。

(5)11年3月11日に発生した東日本大震災に際し,モンテネグロ政府は3月17日,10万ユーロの義援金等拠出による対日支援を発表した。また, モンテネグロ北東部に位置する「ヤパン村」(「ヤパン」は現地語で「日本」の意。)も1万ユーロの義援金拠出を決定した。

(6)ローチェン外務・欧州統合相(当時)が東日本大震災の被災地である宮城県七ヶ浜町を視察したことが縁で,2012年8月,モンテネグロ政府等の招待により, 七ヶ浜町中学校の生徒一行がモンテネグロを訪問,コトル市に滞在した。


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(了)






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